2015.11.01
「国内で保険適用されていないものを、海外に売り込むのは少し気が引ける」-。安倍内閣が成長戦略の柱の一つに位置づける医療の国際展開で、担当の厚生労働省官僚(当時)が、がんの粒子線(陽子線・重粒子線)治療機器の輸出について、悩ましげに心情を吐露していました。しかし、政府方針を受けて、長年先進医療にたなざらしとされていた粒子線治療については議論が加速。その結果、来年4月から一部の希少がんで保険適用される可能性が出てきました。
●副作用の少ないがん治療として高い注目集める
粒子線治療は、正常細胞への影響を抑え、がん本体にダメージを与える低侵襲治療として注目を集めています。現在、国が、有効性、安全性を確認する先進医療として認めており、公的な保険診療との併用が認められています。ただ副作用の少ないがん治療という「ふれこみ」ではありますが、設備、施設に膨大なコストがかかるため、約300万円にも上る高額な費用負担が患者に重くのしかかるという問題があります。
●10年超も先進医療のまま「たなざらし」
先進医療は、有効性と安全性を検証し、確認されたものを保険適用するための仕組み。粒子線治療は、10年以上も先進医療のままで実施してきているため、「そろそろ保険適用にするか、自由診療にするか」という判断を下さなければなりません。これまで学会による研究色が強く、保険適用の適否については議論が深まりませんでしたが、政府の成長戦略に位置づけられたこともあり、ここ数年で風向きが変化しました。
●小児がんなどの保険適用に光 前立腺がんは自由診療の可能性も
厚労省は今夏、粒子線治療の保険適用の可否を検討する審議会に、学会関係者を呼び、意見を求めました。その中で一定の評価を得たのが、小児がんや骨・軟部腫瘍、頭頸部がんなどです。とくに小児がんについては、有効な既存治療が存在しないことから、人道的な面も踏まえ、保険適用に向けて検討余地があるとの見方が拡がりました。
ただ、会議全体をみると、学会に対し、有効性、安全性を検証するためのデータ解析が十分でないと猛省を促す意見や、費用負担の観点から既存治療で十分と判断される症例もあるなど、厳しい空気が支配していました。とくに問題視されたのは前立腺がん。粒子線治療も十分有効なのですが、既存治療でも一定の治療効果を上げられるとして、費用対効果の観点から、来年4月の保険適用が困難になっただけでなく、場合によっては先進医療の対象から外れ、自由診療になる可能性も浮上しました。
仮に前立腺がんが、先進医療から外れることになれば、民間の保険会社が用意する「先進医療特約」といった保険商品でもカバーされないこととなります。つまり、患者が約300万円の費用をすべて負担しなければならないケースが想定されます。
●機器の低価格化や患者アクセス面の課題も山積
さらに、粒子線治療の症例数を最も手がけている放射線医学総合研究所では、重粒子線治療装置の薬事承認を取っていないという問題もあります。仮に一部の疾患で保険適用となっても、放医研では未承認機器を使用するため、保険医療を実施できないということにもなりかねない状況があります。また仮に保険適用になったとしても、治療施設は全国に14箇所しかないため、アクセス面から地理的な格差を問題視する声が上がる可能性もあります。安倍内閣の医療国際展開で注目が集まる粒子線治療。保険適用の適否のみならず、アクセス面、治療設備の小型化・低価格化も含め、まだまだ解決すべき課題は山積しています。
【MEジャーナル 半田 良太】