2020.08.03
新型コロナウイルス感染症の流行で、救命に必要な人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)だけではなく、感染防止に不可欠なマスク、手袋、ガウン、個人防護具の不足が問題となりました。日本では、世界的な流行に比べ、第一波が比較的小規模だったため、幸いなことに、こうした関連製品の欠品で、医療に決定的な支障をきたす事態を招かずに済みました。
とはいえ、7月に入り、東京都を中心に再燃の兆しが見えております。政府は、流行の第二波、第三波に備え、上記のような製品以外にも、別途必要になる医療機材の「備蓄」の検討に着手したほか、国内生産体制の整備にも着手する考えを示しました。また今月に入り、政府は、新型コロナに対するワクチンができた場合に備え、全国民に迅速に接種できるよう、シリンジ・注射針の増産を、メーカー各社に要請しました。
●コロナ禍で、医療の基盤を支える基礎的な医療機器の存在感が高まる
このコラムでは、画期的な特定保険医療材料について紹介するケースが多く、イノベーションを評価すべきとの見解を示し続けてきました。確かに、救命のために不可欠な存在で、低侵襲医療などに寄与しているのですが、それ以外にも多くの手術や処置などで用いられる、カテーテルや輸液、患者ケア関係といった、基礎的な医療材料の存在感が、このコロナ禍でクローズアップされています。こうした基礎的な医療材料がそろっていなければ、いくら画期的な特材があっても、手術や治療ができないということが突き付けられたのです。
●船便や航空便の制限が安定供給に支障
医療機器の業界団体である、日本医療機器テクノロジー協会(MTJAPAN)が4月13~20日にかけて会員企業に対する医療機器等の安定供給に関する緊急アンケート調査を実施したところ、新型コロナウイルス感染症の拡大で医療機器、医療材料の安定供給が脅かされていることが明らかになりました。アンケートに回答した111社のうち、「支障があり」が51社に上りました。
安定供給に支障があったのは、14分類136製品群に及び、血管系含むカテーテルが47件で最多。手術・患者ケア製品16件、輸血・輸液器具13件、整形インプラント材料12件などでも、安定供給を脅かされたことが明らかになりました。
安定供給を脅かすリスク要因で最も多いのは、感染防止のために制限された、航空便や船便の減少のほか、納期の遅れなど。いずれも国を跨いで広がるサプライチェーンが、部分的に途切れたことによる影響も見逃せません。
MTJAPANの三村孝仁会長は6月に記者会見を開き、「医療機器のサプライチェーン混乱は予断を許さない。さらに民間企業だけではなく国も備蓄を真剣に考える時」と語りました。また、基礎的な医療材料については「安定供給のため医療保険や償還価格を合わせて見直すべき」と声を上げました。
●負担増は不可避 問われる国民の覚悟
基礎的な医療材料は、画期的な特材と比べて価格が非常に低いです。しかも特材と異なり、使った分量に応じて、医療保険で請求することができないため、医療機関からは「コスト」として見られ、厳しい値下げも強いられます。その結果、単価の安い基礎的な医療材料は、コストの安い新興国での製造や、素材・部品供給に頼るケースも多くなり、コロナ禍という非常時の下、安定供給への課題が顕在化しました。
政府は7月17日にまとめた、来年度予算の骨格となる、いわゆる骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2020)で、医療機材の「備蓄」と、国内生産体制の整備に取り組む方針を明記しました。平時から備蓄を続けることは大事なので歓迎です。
ただ国内生産体制の整備については、コスト高になることを意味します。これまでよりも負担は重くなるが、非常時も医療が受けられるのが良いか、これまでと同じ負担だが、非常時に医療が受けられない可能性を受け入れるのか―。国民も、問われることになります。
【MEジャーナル 半田 良太】