2021.11.01
ロボット支援手術と聞くと、前立腺がんなどに用いる「ダビンチ」(インテュイティブ・サージカル)を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。ダビンチは、ロボット支援手術の代表格と言えますが、最近では、ダビンチのライバルである国産期待の「hinotori」(川崎重工とシスメックス共同出資会社「メディカロイド」)が昨年9月から保険診療を開始しました。
また整形外科領域では、人工関節置換術に用いる「Makoシステム」(日本ストライカー)、「CORI サージカルシステム」(スミス・アンド・ネフュー)、脊椎手術に特化した、「Mazor X ロボットシステム」などが、相次いで保険診療で使用可能となっています。ロボットがサポート・アシストする手術は、正確で低侵襲という特徴があり、国内でも広く普及することが期待されます。
●ロボット支援手術に用いる医療機器はいずれも高額
ロボット支援手術に必要となる医療機器は、そもそも高額で、モノによっては数億円もかかることから、医療機関が、おいそれと簡単に導入できるものではありません。そうなると、医療機関が気にするのは、どの程度の患者を集めることができるか、保険点数が十分かどうかということになります。患者数を一定程度集めることのできる医療機関は、比較的高度な医療を提供する大病院か、特定の領域に専門特化する専門病院に限られています。
●ロボット支援手術のほとんどは既存手術と「同じ評価」
そして、保険点数はどのようになっているのでしょうか。ロボット支援手術の代表格である「ダビンチ」は、前立腺がんなど泌尿器科を中心に、消化器外科、婦人科、呼吸器外科、心臓血管外科の手術で保険診療が認められています。前立腺がんについては、既存の手術と比べて、優れたエビデンスが証明されていると評価されています。こうした高い診療報酬点数の算定が可能になっている術式は一握り。それ以外は既存の手術と同様の保険点数しか算定できません。
「ダビンチ」以外のロボット支援手術はどうなっているのでしょうか。結論から言うと、今回言及したすべてで、既存手術と同じ保険点数しか算定できません。厚労省は、既存技術と比べて優れているというデータ、つまり「エビデンス」がなければ、どんなにコストがかかっていても(高額な医療機器を購入していても)、既存の保険点数と同じ評価にします。日本経済は低成長が続き、労働生産人口も減少している中で、医療保険財政の持続性を考えれば、至極まっとうな対応と言えるでしょう。
●機器産業振興に向け、幅広い議論を
しかし、政府が、「医療機器産業を次代の日本経済のけん引役にする」と期待していることを考えると、様々な方策を検討すべきではないでしょうか。医療保険制度の中でも、現在、医療機器業界が提案する「保険収載後に新たなエビデンスが出てきた場合、事後的に技術料(保険点数)を引き上げる」制度を、早期に導入することは一考に値すると考えます。さらに言えば、エビデンスが出る可能性が高いと判断すれば、保険収載時に高い点数を設定し、仮にそれが実現できなかった場合に、企業に一定額を返還させるような前払いの制度設計を検討してもよいかもしれません。賛否があることを承知したうえであえて書きますが、生命関連のことであれば「最新技術にトライしたい方も大勢いらっしゃるはず」。医療保険財政が厳しいのであれば、経済を含めた日本全体の事を考えると、保険診療と自由診療(先端医療)の併用を認める混合診療についても、真正面から議論する時期に差し掛かっているとも感じます。
●コロナ禍で沈む日本経済
財務省が発表した今年4~9月の貿易収支は3898億円の赤字です。半導体不足による自動車生産が滞り、輸出が落ち込む一方、新型コロナウイルスワクチンの輸入や、原油高の影響を受けたと分析されています。一時的な要因かもしれませんが、日本自体、盤石とは言い難い状況にも映ります。
とくに自動車産業は日本経済を支える一大産業として君臨しておりますが、環境問題が深刻化する中で、日本企業が強みを持つガソリン車から、いわゆる「ゲームチェンジャー」と言われる、電気自動車が主力となれば、これまでの様な高い競争力を維持できるかはわかりません。
不動の立場だった自動車産業の将来に霧がかかる中、政府が医療機器産業のポテンシャルに期待するのであれば、前述のような医療保険制度での工夫は検討すべきでしょう。さらに、大胆な産業政策も不可欠でしょう。
●ダビンチ手掛ける米企業は時価総額14兆円 日本も大胆な「産業振興政策」の検討を
日本企業が成長するためには、母国市場で力をつけ、世界に打って出るのが近道といえます。しかし、医療機器産業は、公的保険制度下で経済活動をするというハイブリッドの市場のため、医療保険財政が厳しさを増す日本では、一筋縄ではいかない面があります。
ヘルスケア事業を主力産業の一つに育成する方針を示す旭化成は先日、ヘルスケア本社機能を、最大市場の米国に移転する方向で準備していると明かしました。大胆な産業政策を打たずに手をこまねいていれば、こうした日本離れを検討する企業が増えるかもしれません。
ちなみにダビンチを手掛けるインテュイティブ・サージカルは1995年創業の若い会社です。調べてみたところ、企業の時価総額は1212億ドル(10月20日現在)。1ドル114円で換算すると14兆円弱となり、日本企業と比較するとトヨタ自動車、キーエンス、ソニーグループに次ぐ評価となっています。ちなみに「ダビンチ」は、当時の日本企業でも技術的には十分に対応できると言われていたそうです。
【MEジャーナル 半田 良太】