2014.11.01
ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授の「iPS細胞」に代表されるように、再生医療は、これまで治療が困難だった難治性疾患の患者に光を灯す可能性があり、国民から高い期待を集めています。再生医療の研究開発が進めば、製品化を目指す産業の振興にもつながるので、政府も成長戦略の一環として、関与を深めています。
コラム開始以来、医療機器に焦点を当てて取り上げてきた薬事法改正ですが、実は再生医療についてもその特性を踏まえた見直しを施しています。11月の施行を控えた改正薬事法(=医薬品医療機器等法)は、再生医療を対象として新たに「章」を新設。これにより医薬品をベースにした規制から、医療機器、再生医療をそれぞれ切り離し、特性に応じた審査体制に一新します。医薬品医療機器等法の施行で、研究開発という“入口”の規制見直しの概要は固まりました。最近は、製品化に向けた“出口”部分、とくに価格のつけ方の議論がはじまりました。医療保険制度の中で使われる際、革新性にどれだけの公定価格を設定することが可能なのでしょうか?今回のコラムでは、再生医療の規制、産業化に向けて、現状や課題について紹介していきます。
●再生医療製品は国内で2品目 拡がる欧米との差
日本での再生医療の現状を諸外国と比べると、iPS細胞のような基礎研究の面では世界トップクラスなのに、製品の実用化という面では、欧米、韓国の後塵を拝しています。製品数をみると、欧州20品目(治験中42品目)、米国9品目(88品目)、韓国14品目(31品目)に対し、日本は2品目(4品目)。日本の2製品は、重度のやけどに対する自己培養細胞シートの移植と、事故や変形性関節症に対する自己培養軟骨の膝への移植にとどまります。関係者は、「患者数が多いと見込まれる神経や心臓疾患などの開発も遅れている」と危惧しています。ここで手を打たなければ、経済を牽引する成長産業化は絵に描いたもちに終わる――。こうした危機感もあり、薬事法を改正し、特性に応じた再生医療に関する規制見直しにつながっていきます。
●再生医療の個別性に配慮 有効性の「推定」での薬事承認を容認
再生医療は、化学合成物質などに代表される医薬品や、工業製品としての信頼性が求められる医療機器・材料とは別の存在として、規制のあり方を根本的に見直します。人の細胞を培養して製品を加工したもので、①身体の構造・機能の再建・修復・形成②疾病の治療・予防を目的として使用するもの(遺伝子治療を目的として人の細胞に導入して使用するもの)―と定義。「個別性が高く、品質が不均一」という特性に配慮し、安全性を確認し、有効性が「推定」されれば、条件・期限付きで薬事承認を取得することができるという仕組みを新たに講じます。難しい希少疾患を抱えた患者に対し、いち早く治療の道を拓くという観点も踏まえた、適切な措置といえるでしょう。
●難しい公定価格の設定
最近議論され始めたのが、再生医療製品の価格設定です。少子高齢化の進展で、医療保険財政は逼迫している中、再生医療という革新的な治療に、どの程度の対価を設定するのが妥当なのか。この問題を難しくするのが、自分の細胞を培養し、自分の治療に使うという「個別性」をどのように評価するかという点です。公的保険制度の中で使われるわけですから、自分の細胞を使った「個別性」の医療だけでなく、他人の細胞を使った「普遍性」のある医療への昇華が求められることになります。そうなれば、量産効果も発揮されるので、製品開発コストも圧縮される訳で、程よい公定価格でも、事業として成り立つという意見も上がっていますが、どうなることでしょうか。
一方で、既存の医療とは発想を異にする再生医療を、適切に評価できる人材も不足気味です。診療行為、医薬品、医療機器の公定価格を決める、厚生労働省の検討会(中央社会保険医療協議会)には、医師、薬剤師などの医療従事者、保険者、学術経験者のほか、テーマによっては業界の代表者も参加するので、限られた保険財源を分配する場という側面があります。検討会の席で、所属組織の窮状に、配慮するがあまり、イノベーションを評価しないような議論にならないことを切に願います。専門家不足という中で、適切な落としどころを探るという点で、行政側のハンドリングにも注目です。
税金や保険料を中心に構成される医療保険財源を使って、産業振興をするという課題は、医療機器や医薬品と同様ですが、再生医療は、まだまだ群雄割拠の時代。この時期に“下駄”を履かせ、産業成長を確かなものにすることが、将来的な税収増、医療保険財政への貢献につながるという発想は、業界に染まった私のエゴでしょうか?
【MEジャーナル 半田 良太】