2023.05.01
官僚が作成した文書や文言は、法律を柔軟に解釈・運用することが最優先とされるため、一見するとわかりにくい表現になります。世間ではこれを、いわゆる「霞ヶ関文学」などと呼んでいます。読みやすさは二の次なので、読み手は、書かれている文書のテーマに詳しくなければ(場合によっては詳しかったとしても)、その意味を解読することは非常に困難です。今回のコラムは、これまでのような制度改正といった堅苦しい内容ではなく、霞ヶ関文学でよく用いられる「等」という用語を、医療機器業界との関連から紹介していきたいと思います。
●規制分野で医薬品「等」から独立果たした「薬機法」
このコラムを任せてもらった当初、医療機器業界は、「旧薬事法」の改正を悲願として、その実現に向けて邁進していました。当時の医療機器業界の主張は、化学品である医薬品と、工業製品である医療機器は全く別物なのに、「医薬品の規制を医療機器に当てはめないで欲しいという」ことに集約されます。そのうえで、法律の文書にもある、医薬品「等」に医療機器を含めるのではなく、医療機器の規制を別物とするとともに、法律の名称も改め、医薬品と医療機器を並記して欲しいというものでした。
●「機器を成長産業に」との政府方針の波に乗った法改正
「医療機器を日本経済のけん引役に育成する」との機運が高まっている時期でもあった、2013年、薬事法は、機器業界の意見を容れる形で、いわゆる薬機法(「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」)に衣替えされました。医療機器は、医薬品の規制から解き放たれ、その特性を踏まえた独自の規制で管理されるようになりました。つまり医薬品「等」ではなく、医療機器として名実ともに認められたわけです。
●保険分野で保険医療材料「等」に含まれる大型機器の不満
それから10年ほどの歳月が流れた本年4月中旬の日本医学放射線学会のシンポジウム。「なぜ大型医療機器について、(医療保険での評価を求めて)医療機器業界が提案できる中央社会保険医療協議会の組織が、“保険医療材料等専門組織”などという名称なのか、違和感が正直ある」と、画像診断機器をメインに取り扱う業界団体幹部が愚痴をこぼす場面がありました。その幹部は、「医療機器等専門組織」に改めて欲しいと訴えており、保険医療材料「等」の中に、CT、MRI、放射線治療装置などの大型機器が含まれるという厚生労働省の整理に、内心面白くない気持ちを抱えているということなのです。
●ただの愚痴だが、されど愚痴
その幹部は、あくまで「業界の愚痴」だとし、笑みを絶やさずに聴衆に語り掛けていました。そして、モノである保険医療材料の評価する“モノサシ”を、CT、MRI、放射線治療装置にも当てはめていくことには無理があると続けました。もちろん、「保険医療材料」を冠する組織ではありながら、大型機器の特性を無視しているわけではないのですが、画像診断機器の業界団体、個別製品を開発しているメーカーの方々は、「我こそが業界のリーダーで、先頭に立って引っ張ってきた」という自負をお持ちの方も少なくありません。霞ヶ関文学で良く用いられる、「等」という表現では、そうした気持ちに寄り添いきれないということでしょう。
官僚の皆さんからすると、表記こそ「等」だが、しっかりと保険医療材料と大型医療機器を別物として、それぞれの特性を踏まえて取り扱っていると言うでしょうし、実際その通りだと思います。国会対応や、コロナ対応などに忙殺されている中、公衆衛生や医療保険制度の運営、医療機器の産業振興にも目配せして奮闘しているわけですから、官僚の皆さんの中には、もしかしたら「たかが表記」という気持ちがあったとしても何ら不思議ではありません。
●ただの表記?名は体を表す?
とは言え、業界からすると、「たかが表記、されど表記」「名は体を表す」と感じているのでしょう。そもそも官僚の皆さんは、原則として2年に1回のペースで異動を繰り返すため、実務面に重きを置くので、表記の見直しについての優先順位は低いはず。
一方、業界の幹部は、「業界歴数十年」の猛者ばかり。自身の業界への愛着はあるでしょうし、言葉の一つをとっても強いこだわりを持つ方は少なくありません。
●種類が多岐にわたるため、まとまりに欠ける機器業界
経済産業省のある幹部は、取材の中で、最近の医療機器業界は、薬事法改正の時のように、一丸になりきれていないと懸念していました。そもそも医療機器は、保険医療材料から大型機器、手術メスや縫合糸など種類は多岐にわたり、アイテム数は膨大。最近ではSaMD(プログラム医療機器)というITを使った新たな分野が誕生するなど、すそ野が広いです。そもそも業界が団結しづらい土壌があるのです。
●名称変更だけで、手間や無理なく業界がまとまる可能性も
とはいえ業界が一枚岩となって事に当たらなければ、打破できない事例もあるでしょう。先の経産省幹部は、潜在成長力の高いSaMDの産業政策について、業界はバラバラに陳情していると心配顔で、「一丸となって提言にまでつなげることで大きな声になる」とコメントしています。さらに先に述べた「医療機器産業を経済けん引役に育成する」ためにも、業界内で足並みが乱れていては、実現可能性は低いです。
官僚の皆さんにとっては、「優先順位が低い」ことかもしれませんが、厳しい医療保険制度の中で、医療機器の診療報酬を上げろというような難題を突き付けられているわけではありません。
「保険医療材料“等”専門組織」を「医療機器等専門組織」に変えるだけで、業界が一枚岩となって成長に向けて足並みが揃えられるのであれば、やってもよいのでは。ぜひご一考を。
【MEジャーナル 半田 良太】