2014.08.01
これまで高齢を理由に手術できなかった患者に、治療の道を拓く低侵襲デバイスが登場するなど、医療は目覚しく進歩しています。こうしたイノベーティブな製品に、高い価格を設定するよう願うのは、開発した企業として当然の行為です。しかし、重篤な糖尿病患者に持続的にインスリンを投与する「インスリンポンプ療法」は、既存治療に比べて高い有効性を示したにも関わらず、「これ以上の患者負担につながらないようにしたい」と、企業側が価格(ここでは技術料)引き上げに、消極的な姿勢を見せています。
●保険財政の安定化に努める厚労省
少子高齢化の進む日本では、医療、介護などの社会保障負担が重石となり、国の借金が右肩上がりで膨れ上がっています。そうした中、厚生労働省は、医療保険制度下で用いられる医療材料や医薬品の価格、医師の技術料を抑制し、逼迫する保険財政の安定化に努めています。具体的には、一般化した製品の価格や技術料を引き下げて財源を捻出。従来以上に患者のQOL向上や、治療に貢献するイノベーティブな製品の価格、技術料を上乗せ評価するという構図です。
●株式会社 営利も目的
企業側も、過去に発売した製品の価格が抑えられる訳ですから、イノベーティブな製品を開発すれば、高く評価してもらいたいと考えるのは当然です。そもそも株式会社の民間企業ですから、医療への貢献を目的とすると同時に継続的な投資・開発を実現するために営利を目的とすることも求められます。しかし、インスリンポンプ療法を開発、提供する企業は、価格引き上げに難色を示したのです。これは何故なのでしょう。
●急性期疾患の負担は一時的 高額療養費制度の存在も安心感
カテーテルを用いて、大動脈弁を置換することのできる、イノベーティブな医療材料を例に説明します。これまで高齢を理由に手術を受けられなかった患者は、対処療法に頼らざるを得ませんでした。しかし新しい医療材料の誕生で、根治への道が拓けました。患者は治療に伴い、一時的に高額な医療費を負担することになりますが、弁置換後は、定期的なチェックに伴う、ほどほどの支払いで済みます。しかも一時的な高額負担についても、「高額療養費制度」という救済措置が講じられていることは、皆さんご承知のとおりです。イノベーティブな製品を開発した企業は、遠慮なく高い価格設定を求める環境が整っているともいえます。
●インスリンポンプ療法は、24時間の決め細かな血糖コントロールが可能
一方、重度な糖尿病患者に用いるインスリンポンプ療法はどうでしょうか。インスリンポンプ療法は、携帯型の医療機器で、24時間、超速効型インスリンを注入することができます。食事摂取時や運動時のインスリン投与量をプログラムで管理することで、インスリンの自己注射に比べ、適切に血糖値をコントロールすることができるというデータが示されています。
●慢性疾患での高額支払いは、患者の治療中断につながりかねない
糖尿病の血糖値をコントロールする医療機器ですので、手術ほどの高額な医療費負担が発生するわけではありません。ただ、月々数万円の窓口負担が、長期間にわたって家計を圧迫し続けます。高額療養費制度のような救済措置はありませんし、治療の中断が即、生命の危機につながるという緊急性も高くはありません。その結果、血糖コントロールが必要な患者であっても、定期的に続く負担に耐えかねて、治療を中断するケースが少なくないといいます。これが、既存の治療法と比べて、副作用が少なく医療コストを削減できることが、臨床試験で明らかになったにも関わらず、企業側は価格の引き上げには消極的だった理由なのです。
医療保険制度の安定化は必須ではありますが、関係者の知恵を結集して対応策を講じることが、慢性疾患の治療でイノベーションを生み続けるために、必要となるのではないでしょうか。
【MEジャーナル 半田 良太】