2015.03.02
急速に進む高齢化により、医療などの社会保障関連経費が右肩上がりで増加し、国の財政を圧迫しています。いかに医療の質を維持・向上しつつ、効率化を実現するのか―。この命題に対する答えのひとつが、ICT(情報通信技術)の活用です。ICTを用いてネットワークを構築し、患者情報を共有することは、医療機関同士の円滑な連携と、医療の質向上には欠かせません。
●円滑な医療連携には患者情報の共有が不可欠
いわゆる団塊の世代が75歳以上を迎える2025年に向け、厚生労働省は、高齢者が住みなれた地域で一生を全うできるよう、急性期医療から介護、在宅までをカバーする「地域包括ケア体制」の構築を急いでいます。しかし、「急性期医療を担いたい」という、医療機関側のニーズが強く、医療側による能動的な機能分化は期待できない状況にあります。
そこで厚生労働省は医療法を改正し、地域医療構想や病床機能報告制度などをスタート。都道府県レベルで、現状の医療提供体制を把握し、急性期、回復期、慢性期、介護、在宅などの必要量を勘案して、機能分化を促す方向に政策の舵を切りました。そもそも患者の大病院志向が強い日本で、在宅までを含めた機能分化を進めるためには、円滑な医療機関の連携がなければ「絵に描いた餅」に終わる可能性も。ICTを活用した患者情報の共有は、「大病院も見捨てないでくれる」という患者の安心につながるので、無視できないファクターといえます。
●基金などの活用で、ICTネットワーク構築を呼びかけ
厚生労働省は2014年度から、各都道府県に「地域医療介護総合確保基金」を創設し、その中で、ICTを活用する方針を盛り込みました。その結果、病院、診療所、調剤薬局などで患者情報を共有する「地域包括ケア実践タイプ」のネットワークが誕生するなど、一定の成果を挙げています。また、いわゆる救急患者のたらいまわしを防止するための「救急医療(病院前医療連携)特化タイプ」のネットワークも登場するなど、バリエーションが豊富になってきました。「既往歴などの情報が事前にわかると、救急搬送を受け入れやすい」と、関係者から好評を博しているそうです。
●医療費効率化にも強い期待感
ICT活用で期待されるのは、それだけではありません。健康保険組合などの保険者がレセプトデータを分析・活用することで、医療費の効率化につながる可能性も秘めています。例えば、症状が重い糖尿病患者を抽出し、手厚い保健指導をすることで、透析への移行を防ぐことなど効果が期待されます。また、医薬品の隠れた副作用情報の収集や、手術症例の登録などによりデータベースの構築、分析にもつながります。
●ICTと診療報酬、遠隔医療の範囲見直しなどの課題も
これまで紹介したように、医療連携による質の向上、医療費効率化など、ICTの果たす役割は大きいですが、課題も山積しています。ネットワークの持続性の観点からは、「ネットワークを構築する目的を明確化すること」や「医療情報(規格)の標準化すること」が求められます。とくに規格の標準化については、病名コードや通信手順などの整理といったことが欠かせないため、厚労省に旗振り役となってもらう必要があるでしょう。
そしてもうひとつの課題は、診療報酬上の評価。2014年度の診療報酬改定で、「ICTを活用した医療情報の共有について、評価の在り方を検討する」と明記し、16年度改定の宿題が出されている状況で、経済的なインセンティブをつけた政策誘導も欠かせないでしょう。
また、技術革新に伴い、遠隔医療の範囲の議論が浮上することも想定されます。現在、医師法では遠隔医療について、「原則、対面診療を補完するもの」としていますが、一部の慢性疾患などは容認しています。ICTの革新が進み、対面診療とそん色ないレベルまで引き上げられれば、遠隔医療の範囲拡大という議論に発展する可能性もあります。仮にそうした議論に発展した場合には、万が一の事態が発生した際の責任の所在、患者の安全確保など、配慮しなければならない事柄は少なくありません。
【MEジャーナル 半田 良太】