2021.06.01
これまで日本経済をけん引してきた自動車産業などに、肩を並べるポテンシャルを秘めると期待を集めた医療機器産業。政府は2010年代から、世界に誇る「モノづくり力」を活かし、医療機器産業を「次代の日本経済けん引役」に育成するため、惜しみないサポートをしてきました。その結果、医療機器産業の国際競争力はどの程度まで高まったのでしょうか。この政府の取り組みや、過去の統計データなどを振り返ってみると、及第点は与えられるようですが、経済けん引役となるようなレベルには至っていない状況といえそうです。
●政権問わずに期待集める医療機器産業
医療機器産業を成長産業として育成する方針は、時の政権を問わず踏襲されてきました。2009年に政権に就いた民主党は、医療機器産業などのライフイノベーションによる健康大国戦略を掲げましたし、12年に政権復帰した自民党も、日本再興戦略の下、「健康・医療戦略」を策定するなど、医療機器産業を次代の日本経済けん引役として育成する方針を掲げ、現在に至ります。
現在の政権は健康・医療戦略の実現に向け、医療機器の特性を踏まえた医薬品医療機器等法の改正、デバイスラグの解消に向けたPMDA(医薬品医療機器総合機構)の業務改善、新興国を中心とした国際的な薬事規制の調和(日本で薬事承認をすれば、現地国での承認を不要とする)などに積極的に取り組んできました。
●医療機器の輸出額は10年弱で2倍増に 18年に1兆円突破の目標達成
2014年に閣議決定した「健康・医療戦略」では、当時の医療機器の貿易収支を約7000億円の赤字(厚労省「薬事工業生産動態統計」)とするも、世界に先駆けて超高齢社会を迎える課題解決先進国として、世界最先端の医療技術・サービスを実現することで、医療機器産業などを「戦略産業として育成し、我が国経済の成長に寄与できる」と結論付けています。具体的な目標として、医療機器の輸出額を2011年の5000億円から20年頃に1兆円に倍増するとしました。
●輸出は増加傾向にあるものの……
21年を迎え、その目標に到達したのでしょうか。最新の薬事工業生産動態統計の年報をみると、医療機器の輸出金額は1兆91億円(2018年のデータ)となり、目標を前倒しで達成しました。ただ、輸出から輸入を差し引いた貿易収支は約1兆7000億円に拡大しています。
薬事工業生産動態統計は、国内事業者が最終製造工程を行っていない製品を輸出用として出荷した場合、報告対象外とするなど、「貿易実態を把握するための利用には適さない」と注記していますが、大きなトレンドとしては輸出が増加傾向にあるものの、残念ながら貿易収支は改善しているとはいえそうにありません。
●自動車産業との対比では機器はまだまだ小粒
引合いに出される自動車産業と比較してみます。日本自動車工業会によると、1980年代の貿易摩擦の影響で、海外生産に切り替えているにもかかわらず、2018年の自動車輸出金額は15.9兆円と、医療機器の約16倍。自動車関連産業の就業人口は542万人に対し、医療機器は製造業と医療機器流通業を合計しても約31万人(厚労省2019年度「医薬品・医療機器産業実態調査」)で、約17倍の格差があります。
●期待通りに進まない日本医療の海外展開
上記のデータから見ると、政府のサポートを受けても、国内の医療機器産業は期待する程の成長を遂げているとは言えません。実際、日本の医療技術・医療機器を海外展開しようと取り組む方に取材したところ、「欧米の医療機関に留学経験のある新興国の医師は、本国に戻って日本の医療機器を積極的に導入しようと思わない。留学時に使いなれた最新の欧米企業の医療機器を好むが、唯一の例外は(内視鏡で世界シェアトップの)オリンパスぐらい」とのことでした。
既存の国内の医療機器メーカーも、新しい治療手技のアプローチや、診断と治療の融合など、様々な努力を重ねていますが、まだまだ先行する欧米メーカーに追いつくことはできていません。つまりは、「デファクトスタンダード」を握られてしまうと、それを覆すには多大な労力と時間が必要で、そうした努力を重ねたとしても、覆せない可能性すらあるということです。
●AIなどの新たな分野の成長に期待感
それでは日本の医療機器産業に未来はないのかというと、そうとも言い切れません。現在、画像診断などを支援するAI(人工知能)やプログラムなどを使った医療が萌芽しています。欧米や中国での開発が進んでいるのは間違いありませんが、まだ勝者が決まったわけではなく、日本も巻き返しのチャンスが十分あるでしょう。
厚労省は、国内で最先端の医療を受け続けることができる体制を整えるほか、機器産業を次代の成長産業として発展させるために策定した基本計画を5年ぶりに見直すための検討に着手します。このメンバーには、世界初のニコチン依存症を治療する“アプリ”を手掛けるベンチャー企業の経営者も名前を連ねています。
AIや医療機器のプログラムは、今後の医療を変える可能性を秘める分野と言われており、既存の医療機器メーカーや、ベンチャーなども相次いで参入しています。日本がここで“制空権”を確保できれば、医療機器を含めた医療産業の成長も夢ではありません。行政、企業には、もう一汗、もう二汗かいてもらい、自動車に次ぐ国際競争力を持った成長産業として発展するよう期待しています。
【MEジャーナル 半田 良太】