2024.12.02
高電圧の電場を発生させ、周辺組織を傷つけずに、不整脈を引き起こす肺静脈入口部の心筋による異常な電気信号を遮断することができる「パルスフィールドアブレーション」という新技術が、保険診療として使用できるようになりました。欧米に比べて数年遅れではありますが、国内でも3社の製品が登場。心房細動の治療で、周辺組織にダメージを与えず、再発率が低く抑えられる可能性が高く、さらに治療の時間が短縮されるという最先端の医療の登場に、期待感は高まります。
●心房細動の国内患者は100万人超と推計
心房細動とは、脈が速くなる頻脈性の不整脈です。正常な心臓のリズムは安静時では1分間に60~100回かつ規則的ですが、心房細動に罹患すると、「300回以上の頻脈」が「不規則に」拍動するといいます。年齢を重ねるにつれて心房細動の発生率は高くなります。この状態を放置すると、不規則な頻脈により血液が心臓内によどんで血栓ができやすくなり、血栓が脳の血管に飛んで、脳梗塞を引き起こすリスクも高まります。高齢化が進展する国内では、潜在患者を含め、患者数は約100万人を超えると予想されています。心房細動の原因の約8割、9割は、「肺静脈入口部」の付近の心筋で無秩序な電気信号が生じるためとされています。今回、この肺静脈入口部付近の不規則な電気信号を引き起こす心筋を治療する新しい技術が「パルスフィールドアブレーション」です。
●既存の高周波、冷凍焼灼は“周辺組織にもダメージ”
心房細動の根治的な治療としては、カテーテル治療が主流になっています。カテーテル治療は、脚の付け根の血管からカテーテルを挿入し、不規則な電気信号を引き起こす心筋をアブレーション(焼灼)するものです。
従来は、高周波、冷凍という「熱エネルギー」で不規則な電気信号を引き起こす心筋を焼灼していましたが、今回、新たに「パルスフィールド」が登場したという構図となります。
従来の高周波、冷凍による焼灼は、前者は「火傷」をさせる、後者は「マイナス50度で組織を壊死」させて、異常な電気信号を遮断させるというメカニズムです。ただ、両方とも、肺静脈入口部の周辺にある食道や横隔膜及び肺静脈などの組織にも、熱が伝わってしまうリスクが残ります。つまり、重篤な合併症リスクを念頭に置いて、慎重に慎重を重ねて手技をしなければなりませんでした。
一方、「パルスフィールド」は、既存治療の「熱エネルギー」ではなく、「高電圧の電場」を発生させて焼灼するという特徴があります。カテーテル先端で発生させた高電圧の電場で、不規則な電気信号を引き起こす心筋を、周辺組織へのダメージを与えずに焼灼します。
なぜ、熱エネルギーによる焼灼と比べて、周辺組織へのダメージが少なくて済むかというと、心筋は食道や横隔膜などの組織に比べて、「パルスフィールド」による障害を受ける閾値(反応を起こさせる刺激量)が低いためです。理論的には、「パルスフィールド」の度合いを、心筋に与える範囲に抑えて焼灼すれば、食道や横隔膜にはダメージを与えないで済むということなのです。治療後の心房細動の再発率も低いというデータも積みあがってきているといい、安全性だけでなく、有効性についても期待を集めています。
●手技時間は従来の「半分」
臨床の現場では、熱エネルギーによる焼灼の際、「食道に温度計を入れて」治療するなど、細心の注意を払っていると言いますが、こうした手間からは解放されるそうです。それらの結果、海外の臨床データでは、従来の熱アブレーション治療は2時間程度かかっているそうですが、パルスフィールドアブレーションでは長いと1時間、短いと30分程度で治療が終わるそうで、国内で対応が迫られている「医師の働き方改革」にもつながり、残業時間の短縮も期待されています。時短が実現すると、病院で実施できる症例数が増えるため、収益への貢献も予想されています。
●イノベーションに見合った評価に期待
最後に医療保険での評価部分について触れてみたいと思います、合併症低減という安全性、再発率が低いという有効性が期待され、医師の働き方改革にもつながる「パルスフィールドアブレーション」ですが、従来の熱エネルギーのアブレーションと比べ、治療後の検査を一つのカテーテルで実施できることのみが「経済性加算」(以前のコラムで少し触れています)として上乗せ評価されている段階です。
今後、臨床使用の中で、安全性と有効性のデータが十分積みあがった段階で、更なる医療保険上の評価を求めていくのではないかと考えられます。イノベーションに見合った評価は、企業の開発モチベーションにつながるため必須です。
【MEジャーナル 半田 良太】